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803号室

歴女への道

赤備え継承者「井伊の赤鬼」徳川四天王で体中が傷だらけ井伊直政の人生が面白い★

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こんにちは★

最近歴史の本ばかり読んでいるよよちち🐨です★

 

歴史好きな男性に「好きな武将誰?」って聞くとよく名前が出てくるのが井伊直政。

少しマニアックな歴史好きの人の中で絶大なる人気者です。

ぱっと思いつくイメージは赤備えで戦は負けなしの強い武将って感じですかね。

よよちちはそんなイメージを持っていましたが、いろいろ調べていると全然違ってた!!

 

ということで、今回は 井伊直政のドラマチックな人生 のお話★

井伊直政の生涯を簡単にサクッと

※直政で統一して書いちゃいますが、子供のころは虎松、その後万千代、その後元服して直政となります※

■出生

井伊直政は1561年2月、屋敷浜松市祝田で生まれた。父は井伊直親。

父直親は、直政が2歳の時に、「徳川と内通している」と今川氏に殺されてしまいます。

直政も命を狙われますが何とか救われましたが、父の元許婚であり井伊家の当主となった叔母・直虎を養母として、一緒に寺に入ることになりました。

命は助かったけれど、親戚や寺にたらいまわしにされながら、逃亡する、苦しい生活でした。

直虎は井伊家を守るために奮闘します。

そして、松下清景の養子として徳川家康に仕官させることにしたのだ。

■家康の家臣になる

直政14歳。

この時徳川家は勢力拡大中でイケイケだった。

一時は松下家になっちゃうけれど、ここで頑張って成果を上げれば井伊家を復活できるはず!というかけに出ました。

でも仕官できるのか?簡単にはできません。

そこで直虎が動くのです。

鷹狩りが大好きな家康。鷹狩り中のご機嫌な時に直政を差し出します。

この時直虎は、直政を着飾って目立つようにして送り出しました。

家康は、井伊家は滅びたと思っていましたが、正親の息子が目の前にいることにびっくりします。

そして、こう言いました。

「井伊直親の実子、取立不叶(取り立てずんば叶わじ)」

(家臣として召し抱えないわけにはいかない)

そして見事、家康のご機嫌な時に仕官する作戦が成功して、直政は家康の家臣になり、

「井伊」の名前を取り戻すことに成功しました。

(家康がお気に入りの家柄だったこともありますが)

そして直政は家康のお気に入りとなりました。

■直政大活躍

300石の扶持を得た直政は、どんどん功績をあげていきます。

その結果、家康に信頼され、どんどん領地も与えられてかなりの上り調子の直政ですが、

「本能寺の変」が起こりました!

この時直政は、家康と一緒に堺にいました。

家康を無事に、自分の領地に帰させなければ!!

家康一行は命がけで山を越えてなんとか帰ることに成功します。

この時服部半蔵が同行していたのは有名ですが、直政も一緒にいて昼夜問わずに家康を守りながら一緒に帰ってきたんですね。

その年、北条VS徳川の戦いがありますが、直政の交渉が成功して、甲斐も信濃も手に入れてどんどん大きくなっていきました。戦だけではなく交渉力も見せつけました!

この功績で直政もどんどん力をつけていきます。

酒井忠次、本多忠勝、榊原康政と共に「徳川四天王」の一人に数えられるようにもなりました。

いろいろな戦で名をあげていきます。

直政の「突き掛かり戦法」では16戦16勝。 すげーー!

(あとで詳しく説明します)

交渉術も武力も政治力も天才的でした。

そして、とっても働き者。政治の業務も戦もバンバンこなしていました。

その働き方は、自分にも部下にも厳しく、ちゃんと働かない部下を手打ちすることもあったそうです。

気性が荒い直政は戦の時はどんどん前に行くので体中が傷だらけ。

同じ徳川四天王でも、生涯無傷と言われる本田忠勝とは正反対でした。

■関ケ原の戦い

関ケ原の戦いでも、大活躍。

井伊直政は赤備えで「井伊の赤鬼」となり戦います。

この功績で敵の総大将石田三成の佐和山城を手に入れました。

が、猛将島津義弘の突撃で銃弾を受けそれが原因となり病気になってしまします。

傷を負っているのにも関わらず、働き者の直政はまだ働きます。

自分を傷つけた島津との交渉もまとめあげました。

しかし、病気が回復することはなく、佐和山城で亡くなってしまいます。

享年40。.

とっても内容の濃い人生を終えました。

直政の活躍で井伊家は途絶えることはなく息子の直孝に引き継がれていきました。

 

井伊直政の最強で最恐の赤備え隊

旧武田家の赤備えを継承します。

日本最強と言われた武田の赤備えを臣下に置いたことで「井伊の赤備え」として最恐の武力を手に入れることができました。

井伊直政自身ももちろん勇猛果敢で「井伊の赤鬼」と呼ばれます。

直政は、徳川家に仕官した時は、領地も兵も何もない状態です。

家康が、直政を育て上げていった、と言っていいと思います。

領地を与え、兵を与えていきます。

もともと直政の兵ではないので、結束力はあまり強くありませんでした。

しかし、みんなでこの赤備えをして真っ赤な軍となって戦うことで、団結力も深まっていくことになりました。

そして無敵状態になり、恐れられていくことになるんですね。

井伊直政を戦国時代の最強武将と唱える人も多いですよね。

 

井伊直政の「突き掛かり戦法」にも少しふれておきます。

とにかくがむしゃらに前に行く(笑)という戦法です。

なんかかわいいですよね☆

真っ赤な軍隊が、おらーーーーーっと力づくで押し寄せて来たらだいぶ怖いですね(笑)

 

おわりに

もともと、本を読むのは好きでしたが、歴史は嫌いでした。

今は暇さえあれば本を読んだり、ネットで調べたり。。。

知れば知るほどどんどん歴史にハマってしまいました★

 

こんなに活躍してますが、大河ドラマの「真田丸」には出てきませんでしたね。

直政は、関ヶ原の戦いの後、信之と一緒に、真田昌幸と幸村の助命交渉も手伝いました。

こんな面白い人だったら登場してほしかったーーー。

 

赤備えの武将はほかにもいます★↓良かったら読んでみてください⚔

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