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歴女への道

戦上手の最強武将??赤備え継承者「赤い悪魔山県昌景」をさくっと紹介★歴女★

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こんにちは★

歴史に目覚めたよよちち🐨です♪

 

よよちちが1番好きな武将は、「武田信玄」です。

武田信玄は、優秀な家臣がたくさんいたことでも知られています。

武田家の家臣の中にはいっぱい好きな人がいるのですが、「山県昌景」も好きな武将の一人です!!

この人は、戦国時代最強という人も多いです。

武力だけでなく政治力も兼ね備えていた、頭もキレる武将!

そして、武田家に生涯を捧げた人です。(兄弟を裏切ってまでも)

ということで、よよちちの独自の目線で見る「武田四天王!山県昌景」の超かっこいいお話★

※歴史なので、諸説あります※

 

山県昌景とは??

武田家の重臣(武田四天王)の一人

武田家3代(信虎、信玄、勝頼)に仕えました

最初に赤備えを用いた武将飯富虎昌の弟で、兄の死後受け継いで、赤備えで戦う!超強い!

長篠の戦い(武田 VS 織田&徳川連合軍)で戦死

 

赤備えとは??

赤備えとは、真っ赤な甲冑を身に付けた部隊のこと。(「真田の赤備え」が有名)

最初に用いたのは飯富虎昌。

虎昌の最初の目的は、赤い鎧を身につける事で、敵を引き付けやすくすることでした。

ただ、この虎昌が強くて活躍するものだから、「赤備え=強い!最強部隊」となって広まっていきました。

戦地で、武士たちがその赤備えを見ると震え上がったとか?

赤備えが出てきちゃったらもうだめだ、撤退する、という部隊もあったそうです。

そのくらい恐れられる部隊でした。

 

その後に、この赤備えは、井伊直政、真田幸村等が用いて「大阪の陣」で戦うことになります。

赤備えと聞くと、だいたいの方が、この「真田幸村の大阪の陣」を思い出しますよね。

いやいや、最初は武田信玄の家臣の、飯富氏が始めた物だったのですよ★(信玄贔屓のよよちちです)

最初に始めた兄、虎昌は、謀反の罪で処刑されて弟の「山県昌景」が受け継ぎ、最強伝説を作っていくことになります。

 

山県昌景の生涯をさくっと分かりやすく

子供の頃の詳細は分かっていません。兄の虎昌の名前が出てくるのが、信虎時代の武田家に仕えてから。

兄は、武田家の宿老になり、あの信虎追放劇に参加した一人です。

信玄が当主になってからは、昌景は信玄の側近になって、信濃攻略の戦で初陣を果たします。

川中島の合戦では、本陣の前衛を守備して激しく戦いました。

その後、信玄の息子義信が、謀反を起こします。その時に兄の虎昌も加担します。義信から、虎昌への密書を手にした昌景は、信玄に報告したのです。つまり、兄が謀反を起こしているにも関わらず、信玄に報告して信玄を守ったのです。

その件でもっともっと信玄からの信用を得た昌景は、「山県」の名前をもらったり、兄の部隊をもらったりして力を付けていきます。そして、「昌景の赤備え」が誕生します!

その後も徳川家康との三方ヶ原の戦い等で大活躍!赤備えの強さに家康も大ビビり!!

(のちに家康の井伊直政の赤備えにつながっていきます)

信玄が病死し、そして、あの「長篠の戦い」が始まります。(武田 VS 織田・徳川連合軍)

劣勢を感じ取った昌景は、武田勝頼に「撤退しましょう!」と進言します。しかし、勝頼は、「決戦に挑む!」と言いました。そして、鉄砲を用いた織田・徳川連合軍に武田家大敗。。。昌景も討死となりました。(馬上で鉄砲に打たれた)そして、これをきっかけに武田家は滅亡していきました。

上の屏風の右下に、首が無い昌景と、首を持ち帰る姿が描かれています。

首を敵に取られないように部下が甲州まで持ち帰ったそうです。

 

昌景の強さとは?

昌景は、武田家にはなくてはならない存在で、信玄にはとても信頼されていました。

そして、その秀でた武力で、周りの諸大名や、武士たちにも恐れられていました。

赤備えは1000騎と言われています。

戦場で、真っ赤な赤備えがいたら、確かに怖い!!

昌景は、戦場に降り立つと「赤い悪魔」と呼ばれるほど!

 

織田信長も、徳川家康も、武田家のことはとっても恐れていました。

武田信玄も、勝頼も戦に優れた武将ですが、家臣たちがまた強い!!

この山県昌景がいる事で、恐れられていた、とも言われています。

三方ヶ原の戦いでは、家康は、昌景との戦いで、恐怖のどん底だったと言います。

全然倒れないし、逃げても追いかけてくるしで、もう助けてーーー状態だったと。

家康に「さても山県という者はおそろしき武将ぞ」と言わせた男です!

かっこいいーーー!!

 

おわりに

よよちちは、武田信玄の好きなところは、優秀な家臣をたくさん持っていたところです。

信玄は、身分等関係なく、その人の能力を見抜いて適材適所に人員を配置することで、それぞれが能力を伸ばしていくのです。そして信玄との信頼関係もどんどん強くなっていきます。

山県昌景もその一人で、「謀反人の弟と言うのは肩身が狭いだろう」と山県の名前を与えるんですね。

昌景も、「俺、頑張っちゃう!!」ってなりますよね。

理想の上司です。

 

武田家の家臣は他にもたくさん面白い人がいます★

もっといろいろ勉強していきたいな、と思います。

歴史、たのしーーーーー🎶

 

他にもいろいろな歴史人物の紹介をしています↓🐨🐈

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