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803号室

歴女への道

四国統一まであと一歩!長宗我部元親の生涯☆最期はノイローゼになっちゃった

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こんにちは★

戦国時代大好きな歴女よよちち🐨です★

 

長宗我部元親とは、大河ドラマの主役にして欲しいランキングではいつも上位だし、歴女の中でも大人気の四国の戦国武将です。

なぜ、そんなに人気があるのか・・・??

そして、あの「本能寺の変」にも関わっているのか・・・??

明智光秀との関係は・・・??

そのあたりも含めて、いろいろ紹介してみたいと思います☆

「麒麟がくる」には登場するのかな・・・??

 

ということで、今回は、バリバリなやり手武将!1代で四国をほぼ平定した長宗我部元親 のお話★

長宗我部元親についてサクッと

■名前のこと

「長我部」と「長我部」2通りの書き方がありますよね。

どっちが正しいのか??

答えは、どっちでもいい、どっちも正解 という感じです。

なんか、現代だとそんなテキトーな感じでいいの??って思いますが、当時は戸籍の制度もないので、テキトーでOKだったのですね。

読み方(聞こえ方)が同じであれば、漢字は何を当てても良いそうです。

自分でどんどん変えちゃう人もいれば、記録する人物の気分だったりもするそうです。(笑)

そもそも戸籍がないので「正しい」という概念がないのかも。

どうやら、本人達が「曽」よりも「宗」の方を好んでいたという説もあるし、一般的には「宗」の方が多いので、今回は、「長宗我部」と「宗」の字で書くことにします。

 

■生まれ

土佐の岡豊城で生まれます。

父親は、長宗我部国親。土佐の小さな領地を持っていたお家の子です。

 

幼少期は、色白で、ひょろっとしてて弱弱しい雰囲気だったので「姫若子(ひめわこ)」と馬鹿にされることもありました。

父親が急死して、家督を継ぐことになりました。

この下克上が盛んに起こって戦だらけの時代、こんな弱っちいお殿様で大丈夫なのか。。。と心配されたそうです。

それが、家臣の心配をよそに、ギラギラの野心家に成長していくのです☆

 

■初陣

元親は初陣が22才。(かなり遅めです)

この戦「長浜の戦い」では、これまでの弱っちい元親ではありませんでした。

劣勢の中、一人で槍を持ち、敵陣の中に突っ込みます!!

「ひるむでない!武士なら命惜しまず、名を惜しめ!敵前でひくでない!」

こういって、軍の士気を上げました。

この姿を見た家臣たちは、感激して、将来のお殿様にふさわしい!と後継者として認められるようになります。

 

■明智光秀との関係

元親の正室に「奈々」という人物がいます。この奈々は、明智光秀の「いとこ」になります。

ですので、親戚関係になるんですね。

そして、奈々は幕府ともつながりのある由緒正しき家の娘です。

元親は、幕府とのコネもGETしたのですね。

(野心家ですな🐨)

 

さて、光秀と元親がいつ仲良くなったのか?

 

信長が、イケイケ状態の時に、全国に「信長包囲網」が敷かれました。

信長の周りは敵だらけであちらこちらから敵が押し寄せてくるような状態でした。

信長ピンチの状態で、光秀「これ以上敵を増やさないようにしなくては!」と思っていました。

長宗我部としては、「信長っていう暴れん坊が四国にちょっかい出してきたら嫌だなー」と思っていました。

 

光秀「!!そうだ!従妹の奈々ちゃん、四国の長宗我部の家に嫁にいったなー。もうこれ以上敵を作りたくないから、長宗我部さんと仲良くしとこ。」

元親「!!そういえば、信長の家臣の明智光秀って、家の嫁のいとこだったー。信長に攻め込まれないために、仲良くしとこ。」

とお互いにWINWINな関係で仲良くなったのでした。

 

■信長の裏切り

信長包囲網が落ち着いて、三好家が、信長の傘下に入ることになりました。

その三好家は、長宗我部の敵なのでした。

信長は、今までは、長宗我部に「四国は好きなようにしていいよ」と言っておきながら、今度は、長宗我部を倒すために大軍を送り込もうとします。

もちろん元親は大激怒!

しかもあの丹羽長秀と信長の三男の信孝の連合軍を差し向けるのです。

これは信長、本気ですな。。。

 

光秀は、「どういう事だよ。。。気まずいんだけど。。。」と思ったでしょうね。。。

長宗我部は、信長の恐ろしさを知らなかったのか、「かかってこんかい!」という強気な姿勢でした。

 

丹波&信孝連合軍が、大阪に待機して、四国に向かう準備をしている時に、あの事件が起こるのです!!

 

■本能寺の変

お友達の光秀が起こしたクーデター!!

「本能寺の変」

信長の死を知った丹羽&信孝の連合軍は四国攻めを中断します。

これで、長宗我部は窮地を脱することになりました!!

(長宗我部は、🐨光秀のおかげだーと思ったのかな??あとで詳しく書くよ)

 

■四国統一を目指す

元親は、四国統一に向けてまずは、土佐を統一。

次々と周りの敵を倒して、もう少しで四国統一だ!!

土佐の小さな家だった長宗我部氏は1代で、四国をほぼ征圧することに成功したのでした!!

 

しかし、「信長様のやりたかった事をこの秀吉が成し遂げるぞー!」と秀吉の四国征伐がはじまってしまうのです。

 

■秀吉に攻められる

元親は、強気でした。

この時も、秀吉の恐ろしさを知らなかったのかもしれません。

今のように、情報がすぐに手に入れられる状態ではないので、中心から離れてしまうと流行遅れになってしまうんですね。

武器も、流行おくれの物しかないのです。

お金持ちで流行最先端の秀吉は、最先端の武器をたくさん持っているわけですよ。

もちろん勝てるわけもなく。。。完敗し、降伏します。

 

でも四国の領民たちは、元親のために必死で戦いました

農民たちはみんな兵になり、秀吉軍に向かっていきました。

 

そんな姿を見た秀吉は、四国に長宗我部氏を残すことにしました。

「こんなに愛されている長宗我部氏を奪ったりしたら後が怖いな。。。」と。

それで、土佐の1国だけは安堵されたのでした。

せっかく四国をほぼ征圧したのに、土佐一国だけになっちゃった。。。

あっという間の出来事でした。

 

■秀吉の家臣になる

こうして、豊臣家の家臣となった長宗我部氏。

秀吉とも気が合ったのか割と仲良し☆

豊臣家の人間として働きました。

 

■嫡男信親の死からおかしくなった。。。??

九州征伐の時に家督を継がせようと決めていた「信親」が、討ち死してしまいます。

(ちなみに、信親の「信」は信長の「信」なの。以前はそれくらい仲良しだったのにね。)

この息子の死から、元親は、人が変わったようになってしまいます。

わがままになり、家督問題でもめると気に入らない家臣を切腹させたり。。。

あの仁義に熱く、領民を大事にして、家臣からも慕われていた元親の面影は一切なくなってしまうのです。

(🐨詳しくは後でも書くよ)

 

■元親の最期

秀吉が死に、これからどうなっていくんだろう??という時に、元親は病死。

遺言も残さずに61才で亡くなりました。

最期は、精神病のようになってしまって、失意の中で苦しんでいたかもしれないですね。

 

 

本能寺の変の「四国説」

謎が多い本能寺の変。

資料があまり残っていないので、いろいろな憶測ができちゃうのですね☆

🐨よよちち的には、いろんな説を妄想するのが楽しいです☆

その中の1つ「四国説」

 

超簡単に言うと、光秀が、お友達の長宗我部元親の四国を守るために、信長を殺して四国征伐をやめさせた という説です。

 

信長は、仲良かった長宗我部氏に、大軍を送り込むことにしました。

光秀的には

「え??どういう事??信長様と長宗我部氏、仲良しだったじゃん!!」

「俺のお友達なのに・・・!!」

 

信長は、

・長宗我部に「四国は好きにしていいよ」と言っていた。

・自分の右腕である重臣の光秀と長宗我部は仲良し。

この状態で、急に裏切る信長。

光秀は

「ざわざわ・・・ざわざわ・・・」

となってもおかしくないよねー。

 

光秀のクーデターは、

長宗我部を守りたい、という一つの目的だけではなくて、いろーーーんな事が重なって起こした事なのかもしれないですね。

信長をこのままにしておいてはいけない!とか

次に裏切られるのは自分かもしれない!とかね。

 

その辺は、「謎」のままですが、本能寺の変について🐨よよちちなりのお話書きました↓

謎が多い本能寺の変!明智光秀の身辺には何がおこっていたのかを調査!

歴史ミステリー!森蘭丸は本能寺の変を予測していた?かなり興味深い人物です!

本能寺の変の【4人の黒幕説】わかりやすく解説★歴史ミステリー

 

結果的に、長宗我部氏は、「助かった」ことは事実。

大軍で攻め込まれることなく、本能寺の変のおかげで、四国征伐は中断したことは確かな事実であります。

 

🐨本能寺の変に関するお話はこちら✨↓

明智光秀の生涯を超わかりやすく解説★大河ドラマを観る前にちょこっと勉強しとこ★

鬼と呼ばれた服部半蔵の人生が感動した!徳川家とのつながりやお墓など

 

息子の死後の元親はノイローゼ

元親は、家臣思いな優しい人物でした。

各地の大名が集まっている席で、秀吉は、1つずつお饅頭をあげました。

みんな、ぱくっと食べるのですが、元親は小さくちぎって一口食べました。

その残りのお饅頭を持って家臣達の所に行き、

「秀吉様がくれたお饅頭だよー。みんなで食べなー」って持って行ったのです。

他の大名の家来達はそれを見て「なんて優しい当主なんだ!」とみんなうらやましがったそうです。

そんな、家臣思いの元親が、息子の死を境に豹変してしまうのでした。。。

 

溺愛していた嫡男信親が死んでしまい元親は、精神崩壊状態になってしまいます。

🐨ちょっと怖いですよ!

元親には4人の男の子がいました。

長男がいなくなったら次男が家督を継ぐのが普通のことですよね。

でも元親は「やだ!!四男の盛親に継がせるの!!」と言い出します。

それはなぜかというと、「顔が長男の信親に似ていたから」でした。

🐨執着心がこわっ!

「盛親は、短気なところがあるからふさわしくないですよ」と意見した家臣を切腹させたりちょっと常人ではないような行動を起こすようになりました。。。

 

この辺も大河ドラマになったら見どころになりそうですがね。

元親の変貌!!

波乱万丈のドラマチックな人生ですよね🐨

 

おわりに

長宗我部元親は、1代でほぼ四国を制圧した。

領民にも家臣にも好かれていた。

明智光秀とはお友達。

本能寺の変の後は、秀吉の家臣になる。

息子の死でノイローゼになっちゃった。

 

戦国時代の中心は、信長や秀吉がいた近畿ですが、

四国や、九州にも面白い武将がいっぱいいるんですよー☆

特に九州は、🐨よよちち個人的に好きな武将が多いです✨↓個性豊かで面白い🎶

ゆるゆるとよんでみてくださいね🎶

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