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803号室

歴女への道

信長親衛隊佐々成政の生涯★秀吉に最期まで反抗し恨みを爆発させながらの切腹と怖ーい話

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こんにちは★

戦国時代好き💛よよちち🐨です★

 

今回は、豊臣秀吉大嫌い!な佐々成政という武将のお話です。

このお方、秀吉への執念で、命懸けで冬山登山したり(あの時代でだとほぼ自殺行為💦)、

側室のお気に入り女性に対しての恐ろしい残虐行為などなど。。。

なかなかの人物で面白かったのでまとめてみました🐨

是非最後まで読んでみてください✨

 

佐々成政誕生

佐々成政(さっさなりまさ)は、はっきりとした誕生日が不明です。

一応、お話の都合上、1536年1月15日に生まれたってことにしときます🐨

父は、尾張国の比良城主の佐々盛政で、元々は織田信安の家臣だったと考えられています。

佐々家は昔から、織田家にくっついていたんだねー。

成政は、お兄ちゃんがいましたが、戦死したため、家督を継いで比良城主になりました。

成政エリート街道

織田信長に仕え馬廻(直属の親衛隊)となり活躍していきます。

馬廻の中でもエリートである黒母衣衆に抜擢された。

 

黒母衣衆って??

超簡単にいえば「親衛隊」って感じのもの!

SPみたいなこともするし、戦では、背中に大きな風呂敷みたいなものを背負って戦います。

その大きな布を「母衣」と言い、それが「黒」だったので「黒母衣衆」です。

ちなみに「赤」もいるよー。

赤のボスは、前田利家でございます!

母衣衆は、戦国時代では花形のポジションです。

「黒」と「赤」の分けて、同じ仕事内容をさせるって言うのが信長っぽいですよね。

ライバル関係にさせて競わせていたので、二人の仲はあんまり良いとは言えませんでした。

🐨ま、それはそうよね。今の社会も同じ。同じポジションですからいろいろあるわよ。。

 

長島一向一揆との戦いで長男・松千代丸を亡くし、跡取りがいなくなり養子をとることにしようとしていました。

 

その後も、成政は、武田勝頼VS織田軍の戦い「長篠の戦」でも、得意の鉄砲を使った三弾撃ちで、大勝利に導きました。

🐨有名な三弾撃ちは成政がリーダーとなって指揮をとってたのです。

 

人生の分岐点!

なかなか順調な佐々成政ですが。。。

ここで、あの歴史的クーデター!!

「本能寺の変」がおきます!!

🐨あちゃーーーー!!大好きな信長がーーーー!ですよ。。。

成政をここまで育ててくれた信長が死んでしまった。。。

しかも!!成政が、跡取りに考えていた養子の佐々清蔵も本能寺で討死してしまうのです!!

成政は、上杉謙信との闘いの真っ最中だったので、動くことができず。。。

そんな中、一緒に越後にいた柴田勝家は、京都に戻ろうとしますが、

羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)に先を越されてしまいました。

🐨これが大きな分岐点となるのであります。

信長&信長の息子長男が死んだあと、これからの政治どうすんだ??誰が跡を継ぐ??という会議が開かれます。

これが映画にもなった「清須会議」です。

清須会議では柴田勝家VS羽柴秀吉という展開に。。。

でも、すぐに京に戻り信長の仇を打ったのは秀吉なわけで。。。やっぱり秀吉の方が優勢な雰囲気に!!

佐々成政は柴田勝家に味方。

やがて、柴田勝家VS羽柴秀吉の戦「賤ケ岳の戦い」が勃発します。

成政は謙信の抑えのために自分は参戦できませんでしたが、援軍を送り柴田軍に味方します。

さて、結果は。。。

羽柴軍の勝利でした。。。。

成政は、娘を人質に出して秀吉に降伏し、なんとか越中一国は没収されずにすみました。

その後また、

羽柴秀吉VS徳川家康の戦「小牧・長久手の戦い」が始まります。

成政は、どちらについたかというと、、、「徳川軍」

秀吉きらいなのね🐨

この戦の勝敗は。。。。 秀吉の上手な交渉で「和議」。

 

命がけのさらさら超え

この「和議」に納得いかない成政。。。

厳寒の飛騨山脈を命がけで登山(凍死した部下もいたらしい) 。。。

家康のいる浜松へ向かいます。

これが有名な「さらさら越え」です。🐨本当に秀吉が大嫌いなのねー

成政は家康に訴えます!

「まだ戦いは終わってない!!秀吉をこらしめないと!!」

成政必死の訴え!!

しかし、家康から、良い返事をもらえず。。。

命を懸けての登山からの交渉は失敗に。。。

家康に裏切られた。。。部下も亡くした。。。

失意のどん底だったでしょう。。。

秀吉が一枚上手だった

秀吉は、その後、成政のいる富山を10万の兵で攻めます。

この大軍、勝てっこないし。。。

もう秀吉のいうことを聞かないとヤバいかな。。。

成政は織田信勝を通じて降伏します。

命は助けてもらえましたが、もちろん領地は没収。。。

成政は、大阪に入り、秀吉の傘下になります。

御伽衆(秀吉の戦略の相談にのったりお話したりする役職)として働きました。

🐨イヤだっただろうなー

数年後、秀吉の「九州征伐」が始まります。

成政は、ここでの活躍が認められて、一国の主に返り咲くことに成功します。

が。。。。。

恐ろしき秀吉の罠が。。。。

 

九州征伐の活躍で、秀吉から熊本の肥後国をもらえることになりました。

でも、これには秀吉の策略が。。。

この肥後国というのは一揆がよく起こっていて、統治するのが難しい所でした。

つまりは、成政潰し。。。と言っても過言ではない。。。

問題を起こさせて、責任をとらせる。。。

案の定、一揆が起こりました。

せっかく国を与えたのに、ちゃんと納めることできなくて、一揆起こされちゃうなんてダメ!失格!!

と秀吉はお怒りに。。。

成政は、直接秀吉に謝るべく、大阪を目指しましたが、、、

会うことも許されずに成政は切腹を命じられてしまうのでした。。。

🐨秀吉ってほんと頭が良いというか頭の回転が速いというか。。。

天下を治める人ってやっぱり何かがとびぬけていますよね。

一揆が多いって秀吉さん知ってたでしょうがーーー!!はめたなーー!!!怒!!

🐨成政の気持ちを考えるとなかなか悔しいでしょうねーー。うんうん。。。

ずーーっと信長に仕えて功績も上げて、キラキラ武将だったのに。。。

 

成正の切腹

本能寺の変から、秀吉がしゃしゃり出てきて、どんどん上に行き。。。

自分は秀吉の部下になってしまう。

そして、最後は切腹させられるって。。。

その悔しさを爆発させた成政の切腹劇!!!

内蔵を天井に向かって投げつけ

歯を食いしばりすぎて歯がポロポロと落ちた。。。

53才でした。

成政には、男子の息子がいませんでしたので、佐々家はこれで断絶。。。

しかし、女子達は歴史に名前を残しております。

成政にまつわる怖ーーい話「小百合姫伝説」

成政の側室に「小百合」という女性がおりました。

とても美しく、成政は超お気に入り!寵愛を受けておりました。

面白くないのは、他の側室の方々。

成政の留守中に、近習侍(主君のそば近くに仕える者) の竹沢熊四郎と密通(要は浮気)した、という噂を聞き大大大激怒!!!

その留守中って言うのがあの、「さらさら越え」の時。。。

上手くいかなかった命懸けの交渉の後だったのです。

タイミング最悪。。。。

冷静に考えられる余裕もなく。。。

よく考えたら仕組まれた事ってわかるだろ。。。ってことももう頭に血が上った成政は考えるよりも先に行動に移します。

竹沢熊四郎を成敗!!(もちろん無実)

小百合の黒髪を左手にまきつけてひきずっていきます。神通川のほとりにある「一本榎」に小百合を逆さにつるします。

そして、「鮟鱇斬り」という方法で、惨殺した。

鮟鱇(あんこう)のようにつるして、小百合の肉を引き裂いだのです。。。🐨ひぃいいいーーー。怖すぎる。。。

小百合は、断末魔「佐々家は滅びる!」と叫びました。

小百合の親族や、村の人々まで殺したそうです。

🐨成政最悪だね!サイコパスかよ。。。

佐々家は小百合の最期の言葉通り滅びました。。。

そして、正成も同じような死に方をしているんですよね。

なんか不思議なお話です。。。。ホントに呪われたのかなー。。。

 

おわりに

成政は、織田家に仕える佐々家の次男(3男とも言われるが)として生まれて、

信長に仕え、黒母衣衆のリーダーとなりエリート街道まっしぐらでしたが、

本能寺の変を境に一気にハードモードな人生を歩むことになってしまいました。

嫌いな秀吉に仕えることになり、最後ははめられて切腹を命令される。。

そして、小百合姫と同じように恨みを持ちながら死ぬことになってしまった。

自分のしたことって、大きなブーメランになって戻ってきますね。。。不思議。

穏やかな最期とはいかなかったのですね。

 

🐨他にも面白い武将をたくさん書いているので、是非ご覧ください✨

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